テッチャンのブログ

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2029年08月01日(水)
【涙】
産まれたわが子を初めて見る若き母親の安堵の涙、親を失ったおりに流れる惜別の涙、あるいは美しい映像や音楽に昂って流す涙。

さまざまな涙があるけれど、うれし涙だけが望ましいというものではない。悔し涙を流した体験が人を発奮、成長させ、うれし涙を味わうことに繋がっていく場合もあるからである。これからどんな由縁で泣くにせよ、都度、何がしかの彩りを人生に与えてくれるのが涙であるのは間違いない。

今、涙活という言葉を耳にする。それは意識的に感情を昂らせ、涙を流すことでストレスを解消しようという意味の現代用語である。現代人は周囲との摩擦を避けるために感情を抑え、本音を容易に話せない。だから、言わば理屈や規則に縛られた社会へ反発するように、無理して泣いて鬱憤を晴らすようとするのであろう。

強制的に自分を泣かすまでしなくとも、人は時に心ゆくまで涙を流してよい。単に自分を解放するためだけでなく、人としてもっと自然に生きるため、そしてより豊かな人間性を養うためにも。

03:00
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2029年07月01日(日)
【心根】
人間は善い人や悪い人、賢い人に愚かな人、情熱的な人や冷静な人など、沢山の人に分類されるものではない。

一人の人間の中に、例えば正直な心が宿っている時間が長い時もあれば、不誠実な心に支配されている時間が長い場合もあるように、沢山の心が顕れては消えていく。

今、戦争をしている人の中にも生まれて初めて残忍な心に染まった人がいるだろうし、良心の呵責に耐えきれず、血の涙を流している人だっている事だろう。

儘ならない、まして心ならず自分の信念に反した仕事を強いられるのは悲しい限りである。世界や社会が複雑になって、表面から推察できない不条理が、胸の奥の美しい心根を痛めつけてはいないか。

怒りが怒りを呼び、心の中が暴風雨に晒されている事もあるだろう。例え一時そうなったとしても、人の心根に宿る善性は必ず復元できると信じたい。

人の絆や家族や社会が分断されないように、忘れがちになる自分の内なる無垢な心根だけは守っていこう。心根を決して腐らせてはならない。

18:00
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2029年07月01日(日)
【本当の志】
進学の時、人生の選択を迎えたりすると、人はにわかに進路を選択しなければならないことに気づく、すると、世間における自分相場が一気にはじき出され、いつしか人と競合している現実を知る。

今さらながら、世の中は多くの人生がぶつかり合い、競り合って共存している。誰もが決めてしまった第一志望を頭上に掲げ、一歩も引きたくない思い出努力を始める。

ただ、たとえ選択に勝ち残っても、理想のキャリアに直結するとは限らない。真に自分が望む生き方に沿うかどうかが問題で、年を経ら間にそこをきっちり見定めることができるかが大切である。

ともすれば人は、何をしたいかより、どちらが有利か不利かで判断してしまう。そして後になって、第一志望でなければいけない理由など、たいしてなかったことを悟るのだ。

どんなに生きがいを持って生きてゆくのか、自分の本当の志にこだわっていくべきか。人生は長くなったが、志を得るには短い。一度の人生、必要なのはじっくり振り替えった時間なのかもしれない。

10:00
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2029年07月01日(日)
【自分との対話】
私たちの多くは、自分の人格が一つではないことを知っている。たとえば、物事を決める場合、私たちはつい利己的な方向に終始する。

勝負事ともなれば、勝てば驕り、負ければ意欲を失う面倒な人格の自分もいる。利他の精神などとても覚束ない。

そんな中でも、自分を客観的に見つめる聡明な自分は、必ずいる。ただ問題は、その聡明な自分が、必要なとき、必要な場面で現れるかどうかであろう。もしそれが可能となれば、常に分別ある判断ができるし、道を誤ることはない。

ところが、聡明な自分こそ心の奥から容易に出てきてはくれない。反省しきりの頃にようやくご登場なのである。

日常の自分は、世間体や常識といってもよい。心もとないこと甚だしい。

とはいえ、頼みごとになる自分でいるには、日常から心を静め、素直な心で、さまざまな自分との対話を重なることしかないのではないか。聡明でありたいと願う心が、少しずつ人格を変えるはず。望まない自分ともいつか決別できると信じたい。

08:00
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2029年06月01日(金)
【期待はずれ】
何かを成し遂げるために計画を立てる。翌日から力んで励んでみるが、昨日も今日も届かない。力不足を明日にのせて、更に頑張っても、やっぱり達成には至らない。

気がつけば、計画不履行。思えば前にも同じことがあったような。不甲斐ない自分に腹が立ったり、自分は期待はずれの存在だと憂鬱になったりする。最も期待したい自分にも裏切られるのだから、他人への期待が落胆に変わってしまった過去はすでに数え切れないほどだろう。

聞けば世の中の人間関係の難題の多くは、互いが勝手に抱く期待が失望に変わる事に端を発しているという。こんな思いをしないためには、期待しないことが最善策だというのも頷ける。

しかし、本当にそれでいいのか? 人間とは欠けている所に人間味があり、落胆した部分を互いに補い合う所に、共同生活の味わいがあるのではないか。

期待はずれは今後も経験するに違いない。けれどもめげずに受け止めよう。いつか真剣に応えてくれる努力を互いに期待しながら。

07:00
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2029年06月01日(金)
【習慣】
一日を通して、私たちは驚くほどの選択を重ねている。コーヒーか紅茶かの選択から仕事の決断まで、大小数えきれない。ただし、研究者によると、実は一日の選択の半分は習慣に従っているだけ、いわば脳の自動操縦に頼っているのだという。

そう考えると、日頃から私たちの選択は危ういものとはいえないだろうか。高い意識で習慣として励行しているものもある一方、ゴミの投げ捨てのように、不適切さに鈍感になっていることも充分ありえる。

とはいえば、自分がどんな価値観のもと、何を習慣にするかという意識こそ重要であろう。もし自分が自堕落な習慣に依存するままであれば、いくら時間があっても成長は望めまい。

一流の人が、食事から睡眠、余暇に至るまで、己を律しているのは高い目的意識のゆえである。それに比して、心地よくてもためにならなければやはり悪習に過ぎない。つまらない習慣こそ簡単に身につくという。

習慣はすべて意識の産物である。何を目的として、何を習慣にすべきか。自分の心に問いかけたい。

07:00
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2029年05月01日(火)
【あなたへのうた】
こんなに強い力を持っているのに、私たちは風を見ることができない。こんなに優しく人の頬を撫でるのに、感じるだけで風をつかむこともできない。

その丘に風があるのか、どんな風が吹いているのかを知るのには、丘に立つ旗のはためく様を見るしかない。

心の中の丘陵で、大きな意志が宿る時、旗ははためき人は何かをし始める。一人の胸中の一陣の風が、隣の誰かの熱砂を巻き上げ、気づけば多くの人に熱風を送る。いつしかそれが社会を変える台風となっていくかもしれない。

滅多に起こりはしないだろう。けれども、個人ならず集団の思いとしても風は必ず宿るものだ。明日には明日の風が吹くように、私たちは私たちの求める風を、いつかその風をはらむ機会をつくっていこう。

何かを動かし、何かを変える。風神が持つあの大きな風袋に、自分の情熱、皆の思いを精一杯はらませて、人生にせめて一度は、大きな風を起こしたい。

08:00
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2029年05月01日(火)
【身内の声】
人間の体とは、長らく脳がすべて思考、判断し、神経を通じて全身の筋肉や腎臓を動かすとされてきました。

ところが最近では、腎臓なら肝臓、肝臓なら肝臓が脳の指令に依らず、自身の機能として体を監視し、体調に応じてホルモンを激減させ、健康を維持しているのだという。

つまり、各機能は役割に忠実で、自分の裁量で全身の健康バランスに交換している。いわば、一個の人体は想像以上に分権がいきとどいた、ひとつの経営体といえるである。

ただ、それだけの機能を持ち合わせながら、体は常に健康かといえば残念ながらそうではない。絶え間ない刺激にさらされ、ストレスは溜まる一方。あまりの忙しさで具合が悪くなる例も枚挙に暇がない。

心にも体にも、負担がかかるのが現代なのである。だからこそ、心の叫びや臓器のうめきまで、心中の声を聴いてやらなければ、いつかひずみが出るものだ。一日の終わりには自分を省み、本来備わっている平衡感覚を損なっていないか、点検する姿勢が大切ではないだろうか。

08:00
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2029年04月03日(火)
【縁あって】
この世における

人と人とのつながりを、

もう少し大事にしてみたい。

もう少しありがたく考えたい。

不平や不満で心を暗くする前に、

縁のあったことを謙虚に喜び合い、

その喜びの心で、

誠意と熱意をもって、

お互いのつながりを

さらに強めてゆきたい。

08:00
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2029年04月01日(日)
【泥だんご】
子供達が砂場で夢中になって作る泥だんご。最初は無邪気な砂いじりが、気持ちを込めて丸めていくと、不思議なことに、少しの工夫でより丸くなっていく。

そして、水分と砂を加え、表面を磨いていけば、だんごはほぼ球場となり、かつ光沢を帯びるまでになる。

初めから上手にできるわけでない。割れることもしばしばだから、壊れる儚さ、失敗する悔しさも自然に学ぶ。それでも自分だけの宝を作るのに、子供達はいっそう夢中になっていく。

泥と砂さえあれはわくわくできる子供の集中力の何と素晴らしいことか。いや、かつては誰もがそうだった。

今、心配なのは大人の方。目標がありすぎて、わくわくできない人が多いとか。責任から逃れたい、失敗したくない気持ちもよくわかる。けれども、そんな今こそ泥だんごづくりの極意を思い出すべきではないだろうか。

大事なのは無心になること。泥だんごを作るように、頑張れる自分を信じながら、無邪気に挑戦を続けていきたい。

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